がん細胞に特異的なエネルギー代謝を制御する遺伝子を特定

2016-03-23
2016年3月23日
国立大学法人 岐阜大学


がん細胞に特異的なエネルギー代謝を制御する遺伝子を特定
~がん細胞エネルギー代謝機構を制御するRNA医薬の臨床試験を準備中~


【研究成果のポイント】

・がん細胞が生存に必要なエネルギー(ATP)を獲得するときに重要な役割を果たすタンパク質 Polypyrimidine tract-binding protein 1(PTBP1)を特定した。

・PTBP1の発現阻害により,がん細胞の増殖が著明に抑制されることを明らかにした。

・これまでの分子標的薬のシーズとは異なり、がん特異的エネルギー代謝を破綻させるため薬剤耐性を回避できる。


【成果の概要】
 本学大学院連合創薬医療情報研究科・赤尾幸博(あかお・ゆきひろ)教授は,RNA注1)に結合して(後述する)スプライシングを制御しているタンパク質PTBP1が,がん細胞の生存や増殖に必要なエネルギーを獲得する解糖系の制御(ワーバーグ効果)に重要な役割を果たすタンパク質であることを明らかにしました。これは,細胞をがん化に導く増殖シグナル分子注2)を標的とする従来のがん治療薬と比べ,がんの生存機構全体を標的とする創薬の可能性があり、これまでの分子標的薬の課題を克服できる可能性があります。その成果が,2016年3月9日に,国際科学雑誌 Oncotarget に学術雑誌論文として公開されましたのでお知らせします。
 

【研究成果について】
 現在,癌に対して様々な分子標的治療薬注3)が臨床で使用されています。しかし,単一の分子を標的とする治療は,がん細胞に耐性を誘導してしまいます。そこで赤尾教授は,遺伝子変異を持つ分子を標的とするのではなく,がん細胞が生存に必要なエネルギー獲得のしくみに着目しました。

・細胞における代謝とエネルギーの獲得

細胞では,常に何百もの化学反応が進行しており,これらの細胞の反応全体を代謝と呼びます。代謝は,エネルギーを使って単純な物質から体を構成する複雑な物質を合成する反応(同化)とエネルギーを放出して複雑な物質を単純な物質に分解する反応(異化)に大別できます。これらの化学反応では,反応を触媒するタンパク質(酵素)が活躍します。なお代謝に関わる化合物を代謝中間体といいます。
 がん細胞も正常な細胞と同様に生きていくためのエネルギーが必要です。生体内で細胞は,グルコースなどの有機物を分解(異化)してエネルギーを取り出します。このエネルギー代謝はATPを獲得する機構であり,解糖系(細胞質に存在)とクエン酸回路(ミトコンドリアに存在)による電子伝達系(ミトコンドリアに存在)の2つの過程があります。
 解糖系では酸素を消費せずに,1分子のグルコースを10段階の反応で分解し,2分子のピルビン酸に変化させます。その反応の際,正味2分子のアデノシン三リン酸注4)(ATP)が生成されます。その後2分子のピルビン酸はミトコンドリアに運ばれ,酸素を利用してクエン酸回路(2分子のATPを生成)および電子伝達系(34分子のATPを生成)を介して6分子の二酸化炭素と12分子の水にまで分解されます。生物は,進化の過程で光合成の副産物である酸素を積極的に利用して多くのATPを作る仕組み,すなわちクエン酸回路および電子伝達系を発展させてきました。


・がん細胞のエネルギー代謝の特性

 近年のメタボローム(代謝系)解析からがん細胞は正常な細胞とは異なり,たとえ酸素が十分に存在しても,常に解糖系に偏ったエネルギー代謝を行うことが(ワーバーグ効果)明らかになりました。がん細胞が解糖系に偏ったエネルギー代謝を行う理由については次のことが考えられます。

①解糖系は,ATPの産生効率が低いが,クエン酸回路と比較して反応の段階が少ないためATPをより早く作ることができる。(がん細胞は,増殖するため多くのエネルギーを必要とする。)

②酸素が必要なクエン酸回路では,がん細胞にダメージを与える活性酸素種が発生するが,酸素を必要としない解糖系ではその発生が抑制できる。

③解糖系の中間代謝産物が,がん細胞の分裂に必要な核酸の材料になる。

さて,解糖系の最後の反応段階,すなわちホスホエノールピルビン酸をピルビン酸に変化する反応を触媒するピルビン酸キナーゼには,L型,R型,M1型,M2型と呼ばれる4種類のアイソザイムがあります。がん細胞ではこれらのアイソザイムのうちM2型(PKM2)が多く発現し、解糖系の活性化、維持をしています。

・今回の研究成果の特徴

真核生物では,DNAの塩基配列にタンパク質のアミノ酸配列を指示する領域(エキソン)とアミノ酸配列に関与しない領域(イントロン)があります。DNAの塩基配列にもとづいてつくられたRNAは,核外にでるまでにイントロンの部分が取り除かれ(スプライシング)タンパク質の設計図であるメッセンジャーRNA(mRNA)が完成します。スプライシングの際に,どのエキソンが残されるかによって,生成される mRNAの情報は違ったものになります。このような選択的スプライシングによって,1つの遺伝子領域から複数種類のタンパク質をつくることが可能となります。なおスプライシングを制御しているのはスプライサーと呼ばれるRNAに結合するタンパク質です。
赤尾教授のグループは,M型ピルビン酸キナーゼ(PKM)の生合成に関わるmRNAの選択的スプライシングに注目して研究を行いました。PKM1およびPKM2はDNAの同じ遺伝子領域にコードされていますが,選択的スプライシングを受けることによりその発現が制御されています。具体的には,スプライシングにおいてエキソンの8,9および11が取り込まれるとPKM1が,エキソン8,10,および11が取り込まれるとPKM2が作られます。がん細胞においてはスプライサーであるPTBP1が多く発現することでエキソン9の取り込みが阻害され,エキソン10を取り込んだPKM2が多く発現していることを赤尾教授のグループは,ほぼすべてのがん種においてウエスタンブロット解析(蛋白発現解析)注5)により確認しました。さらに赤尾教授のグループは,PTBP1がコードされているmRNAを選択的に分解させるとがん細胞の増殖が顕著に抑えられることも突き止めました。

がん細胞のワーバーグ効果は,がん細胞の増殖,生存,エネルギーの獲得に有利に働く仕組みです。白血病,大腸がんを始めとした様々ながん種において,ワーバーグ効果を破綻させる治療法は,エネルギー獲得の根幹に関わるため耐性が出現しにくいことが考えられ,治療成績の向上や薬剤耐性の克服に期待が持てます。

赤尾教授の研究グループはすでに,PTBP1がコードされているmRNAを分解できるsiRNA注6)を作製しており,今後臨床応用に向け研究を推進する予定です。

注1 RNA:核酸の一種。リボ核酸。タンパク質の設計図。
注2 増殖シグナル分子:細胞の増殖を誘起する分子。細胞のがん化と密接に関連する。
注3 分子標的治療薬:特定の分子を標的として、その機能を制御することにより治療する療法
注4 アデノシン三リン酸:生体内に広く分布し、エネルギーの放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成の重要な役目を果たしている物質。生体のエネルギー通貨。
注5 ウエスタンブロット解析: 細胞から抽出されたタンパク質から特定のタンパク質を検出する手法。電気泳動と抗原抗体反応を組み合せて行う。
注6 siRNA:21-23塩基対から成る低分子二本鎖RNAである。siRNA
はRNA干渉(RNAi)と呼ばれる現象に関与しており、伝令RNA(mRNA)に結合してmRNAを配列特異的に分解し、遺伝子の翻訳を抑制する。

【参考URL】
・論文情報
http://www.impactjournals.com/oncotarget/index.php?journal=oncotarget&page=article&op=view&path%5B%5D=8005&path%5B%5D=23506
 論文タイトル:PTBP1-associated microRNA-1 and -133b surpress the Warburg effect in colorectal tumors
 論文著者: Kohei Taniguchi, Yukihiro Akao et al.

論文巻号:Oncotarget 2016 Feb.
・岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科
  http://www.souyaku.gifu-u.ac.jp/


【本件に関する問い合わせ先】
岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科
創薬科学専攻
教授 赤尾 幸博
TEL:058-230-7607
FAX:058-230-7604
E-mail:yakao@gifu-u.ac.jp


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